【ニッポン城めぐり】尾張徳川氏屋敷(東京都新宿区)

城を巡る旅
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スマホのアプリ「ニッポン城めぐり」全3000城制覇を目指し、前回は福井城リア攻め記録を記事にしました。

今回リア攻めしたのは、東京都新宿区にある尾張徳川氏屋敷です。

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尾張徳川氏屋敷のある場所

尾張徳川氏屋敷は別名、尾張徳川家和田戸山下屋敷といい、東京都新宿区にあります。
現在は都立戸山公園になっています。

戸山公園は、明治通りを挟んで大久保地区と箱根山地区に別れており、尾張徳川家屋敷は箱根山地区にあります。

リア攻め地点は、戸山公園内の箱根山東端付近で、近くには陸軍戸山学校跡碑、戸山教会幼稚園、戸山団地の給水塔がある辺りになります。

最寄り駅は副都心線西早稲田駅、東西線早稲田駅、都営大江戸線若松河田駅で、いずれも地上出口からリア攻め地点まで徒歩10分ほどになります。
(西早稲田駅3番出口もしくはエレベータ口、早稲田駅2番出口、若松河田駅河田口)

尾張徳川氏屋敷の歴史

尾張徳川家は、徳川家康の九男、徳川義直を家祖とし、1606年に甲斐から尾張に移封されました。

江戸における徳川家上屋敷は市ヶ谷にあり現在の防衛庁周辺、中屋敷は麹町で現在の上智大学周辺になります。

屋敷の区別

江戸における大名屋敷は以下のように区別されていました。

  • 上屋敷:藩主が住む屋敷
  • 中屋敷:上屋敷の控え。隠居や世継ぎ用
  • 下屋敷:罹災時の避難先、保養・遊興用の別荘

下屋敷は、尾張家二代藩主徳川光友が1668年に着工し戸山山荘として整備され、十一代将軍徳川家斉の時代である1790年に大改修を行いました。

総面積は約45万平方メートルで、諸大名の中で最大規模を誇っていました。

明治維新後は明治政府に明け渡され、1873(明治6)年に陸軍戸山学校が開校、1949(昭和42)年に戸山ハイツの建設が開始、1954(昭和29)年に戸山公園が開園しています。

当時庭園の一部であった築山が「箱根山」として残っており、23区で一番標高が高い地点になっています。

hamaちゃん
hamaちゃん

天然の23区最高峰は港区の愛宕山になります。

尾張徳川氏屋敷をリア攻め

副都心線西早稲田駅から徒歩で尾張徳川氏屋敷に向かいました。

3番出口を出て、明治通りの反対側、右斜に見えるマクドナルドの脇道を下っていきます。
右側にある団地群、戸山ハイツの先に箱根山西口があり、そこから箱根山の左側の遊歩道を登っていった先、箱根山に登る階段の左下に下屋敷跡の説明板があります。

遺構としては、箱根山と説明板くらいですが、大久保地区にある戸山公園サービスセンターで箱根山の登頂証明書をもらうことができます。

さいごに

リア攻めするほど屋敷跡としての見どころは正直ありません。

アプリでは西早稲田駅や高田馬場駅、早稲田駅周辺で攻略することができます。

ただ、新宿区内で地下鉄の駅から徒歩10分と便利な場所にありながら、都心とは思えない自然豊かな場所で、春には桜や新緑、秋には紅葉も楽しめます。

早稲田方面に向かうと、商売繁盛にご利益のある穴八幡宮、基本的に出入り自由な早稲田大学、清水徳川家の下屋敷だった甘泉園公園、神田川沿いの桜並木、旧熊本細川家の下屋敷だった肥後細川庭園など見どころたくさんですので、都内の散歩コースの一つとしては良いところかと思います。

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