佐倉城址公園は、千葉県佐倉市にある、その名の通り、佐倉城跡に設置された公園で、日本100名城にも選ばれています。
我が家から1時間ちょっとと割と近いところにあるのですが、今まで行ったことがなかったので、出かけてきました。
今回のルート
ルートというほどでもないのですが、往路は首都高湾岸線経由で東関道、四街道ICから。
復路は東関道、佐倉ICから京葉道路経由で帰路につきました。

単に高速道路の混雑状況を見て、ルートを変えただけです。
佐倉城址公園とは
佐倉城址公園とは、標高30メートルの鹿島山に築かれた佐倉城の城跡で、明治時代以降は軍事施設として利用、軍事施設解体後の1964(昭和39)年1月に佐倉城址公園として開放されました。
佐倉城は戦国時代に築城を開始しましたが、中断、その後1615(慶長15)年、徳川家康の命を受けた土井利勝により築城を再開、佐倉状が完成しました。
城郭は石垣がなく、干拓以前の印旛沼を外堀の一部とし、鹿島山の頂上に土塁を築き本丸を設置した城です。
明治維新により、建物の殆どが撤去されましたが、1962(昭和37)年、市の史跡に指定されました。
佐倉城址公園の駐車場は、国立歴史民俗博物館にほど近い第一駐車場、その奥の第二駐車場、鹿島山の麓、外堀付近にある第三駐車場といずれも無料です。
第一駐車場に車を停め、本丸方面に向かい、第二駐車場を過ぎてしばらく進むと二の丸御殿跡があります。

佐倉城の歴代城主は二の丸御殿に居住し、本丸御殿は常用されてなかったようです。
ご覧のとおり、ただの野原になっています。
二の丸跡からさらに進むと本丸跡があります。
本丸跡は土塁に周りを囲まれています。
本丸跡から見た土塁です。
本丸跡には、サッカーをして楽しむ人達がいました。
正面奥に見えるのは桜の木で、花見の名所となっています。
本丸跡の隅、土塁の上に天守跡があります。
天守跡の対面にあるのが、銅櫓跡です。
土台の一部があるだけとなっています。
本丸跡からさらに進み、鹿島山の麓に降りると外堀にでます。
外堀の外から鹿島山を撮影したところです。
高さはそれほど高くありませんが、かなり急な坂になっているので、石垣を作らなくとも敵の攻撃を防御できる、ということなんだと思います。
国立歴史民俗博物館
外堀、第三駐車場のそばの入口から再び公園内に入り、第一駐車場に隣接する、国立歴史民俗博物館付近に戻ってきました。
国立歴史民俗博物館は、明治百年事業の一環として設置され、常設の展示室が6ヶ所、さらには企画展示室もある、相当大きな博物館です。

「明治百年記念事業」といえば、富津岬の展望台もそうですね。
その名の通り、日本の歴史資料、考古資料、民俗資料等が展示、保存されており、日本列島に人類が暮らし始めた数万年前から高度成長期後の1970年代までの日本の歴史と文化が中心となった博物館です。
第1から第6までの常設展示は以下のようになっています。
- 第1展示室:先史・古代
- 第2展示室:中世(平安~安土桃山)
- 第3展示室:近世(16世紀末~19世紀半ば)
- 第4展示室:民族
- 第5展示室:近代(19世紀後半~1920年代)
- 第6展示室:現代(1930年代~1970年代)
入館料は大人600円ですが、JAFの会員証を提示すると350円になります。
エントランスから撮影したものです。右側が建物の入口、左側が展示室に向かう通路になっています。
祝日のせいか、結構な人が見学に訪れていました。
展示室はテーマに沿ってなのか、それぞれ違った雰囲気でした。
このような複製展示もかなり多く、見ていて飽きません。
平安京の立体模型です。
これは鎌倉時代の鶴岡八幡宮と参道の模型です。
第6展示室にゴジラが展示されていました。
さいごに
国立歴史民俗博物館はかなり見ごたえがあり、駆け足で見て回りましたが、それでもたっぷり2時間はかかりました。
本気で見たら1日かかると思います。
佐倉城跡で1時間強、国立歴史民俗博物館と合わせて3時間半でした。

改めて行ってみたい
と思える場所でした。
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