戸倉上山田温泉に泊まって日本100名城を巡る旅 前編

ドライブ・旅行記
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どうしても温泉に入りたくなった。

正確には温泉のある宿に泊まってのんびりしたい。

最近は検索するたびに喫煙可能な宿が少なくなっており、露天風呂がついた部屋で部屋食プランは探し出せなかった。

色々検討した結果、長野県の戸倉上山田温泉の上山田ホテルにした。

ここは、食事処での夕食になるが、部屋に露天風呂があり、喫煙可能な部屋だ。

それと、戸倉上山田温泉を選んだ理由がもう一つ、東京からだと1泊2日で松代城、上田城、小諸城と日本100名城を3城巡ることができるから。

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今回のルート

出かけたのは2023年7月7日金曜日から8日の土曜日の1泊2日。

戸倉上山田温泉一泊旅行
  • 1日目
    7月7日(金)

    • ドンキホーテで昼食
    • 川中島古戦場跡
    • 松代城跡
    • 旧松代駅
    • 松代象山地下壕
    • 山寺常山邸
    • 姥捨の棚田・姥捨駅
    • 上山田ホテル泊

  • 2日目
    7月8日(土)

    • 上田城跡
    • 真田御屋敷公園
    • 道の駅「雷電くるみの里」
    • 小諸城址懐古園
    • 道の駅「ヘルシーテラス佐久南」
    • 帰宅

ドンキホーテで昼食

朝、8時過ぎに自宅を出発し、関越道から休憩をはさみながら上信越道へ。

更埴(こうしょく)ICで高速を降り、国道18号線、篠ノ井バイパスを川中古戦場方面に向かっていく途中においしそうなところを発見。

立ち寄ったのはドンキホーテ篠ノ井バイパス店。

ドンキホーテは、ディスカウントショップのドンキとは全く関係なく、ハンバーグとステーキのお店で、長野県内に2店舗展開しているらしい。

駐車場に車を止めたところでちょうど開店の11時。名物の俵ハンバーグ、1,280円を注文。

さすがに専門店、激ウマ。

川中島古戦場

俵ハンバーグに満足した後は、ドンキホーテから車で10分弱の川中島古戦場へ。

川中島古戦場は、武田信玄と上杉謙信が戦ったところとして有名だが、実際にこの地で合戦が行われたわけではなく、武田軍がこの付近に本陣を置き、勝鬨(かちどき)を上げたのが、川中島古戦場にある、八幡社の境内らしい。

実際の合戦が行われた場所は、南長野運動公園と篠ノ井バイパスを挟んだ西側とされ、ちょうどドンキホーテ篠ノ井バイパス店のある辺り一帯だそうだ。

川中島の戦いは、1552年から12年の間に計15回行われ、うち1561年の4回目の戦いが一番激しく、一般的にはこの戦いを「川中島の戦い」と呼ぶらしい。

この戦いによって、北上した武田信玄を上杉謙信は川中島で食い止めることができず、結果的に北信濃一帯の支配を武田信玄に許してしまっている。

現在は川中島古戦場史跡公園として整備され、武田信玄と上杉謙信の一騎打ちの像や、

川中島合戦図の大看板などがある。

公園内には長野市立博物館がある。

基本的には古代からの歴史にまつわる展示となっているが、2022年4月からは、川中島の戦いに関する展示も追加されている。

だが、残念ながらこの日は休館日。

基本的に休館日は、月曜日と祝日の翌日及び年末年始だが、それに加え、7月第2月曜日から金曜日までが休館で、見事にぶつかってしまった。

松代城跡

気を取り直して松代城跡へ。

川中古戦場から松代城跡までは、やはり車で10分弱の距離。

松代城は、明治の廃城に伴い長期間石垣のみだったが、1981(昭和56)年、真田邸とともに国の史跡に指定されたことで環境整備を行い、2004(平成16)年に櫓門、木橋、石垣、土塁などが復元されている。

2023年7月現在、本丸に通じる内堀にかかる太鼓門前橋の架替工事が行われており、通行できなくなっている(2024年3月完了予定)。

駐車場はいくつかあり、松代城跡と真田宝物館の間にある、殿町無料観光駐車場に止めるのが便利だが、今回は一番遠い、搦手門側の北駐車場に止めてしまった。

かなり暑い思いをしたが、日本100名城スタンプのある真田邸までは、徒歩15分程などで、どこに止めてもそれほど苦にはならない。

搦手門口から本丸方面を望むとこんな感じ。

現存する石垣。

立派な柳の木がある。

復元された太鼓門。

石垣の上に上ることができる。

本来なら太鼓門を抜け、内堀の橋を渡るのだが、東不明門橋を渡って、スタンプのある真田邸方面に向かう。

真田邸の目の前に置かれたスタンプ台で無事ゲットすることができた。

旧松代駅

松代城跡から真田邸方面に向かって左側に旧松代駅がある。

松代駅は、2012(平成24)年4月、長野電鉄屋代線の廃止に伴い、90年の歴史の幕を閉じた。

駅舎やホーム等の設備はそのまま残され、観光案内所、バスやタクシーの待合所として利用されている。

ホームには、かつての名残が残されたままになっている。

付近には、かつて線路が敷設されていたと思われる跡が残っていた。

この日はとても暑かったけど、さすが長野、日陰に入ると涼しく、自販機で缶コーヒー買って一休みして次の目的地に向かった。

松代象山地下壕

松代城跡から、車で5〜6分のところにある、松代象山地下壕に向かう。

真田邸からだと、徒歩でも15分ぐらいなので、季節が良ければ散歩がてら向かえる程の距離。

駐車場は、地下壕まで5〜6分歩くことになるが、無料で市営の代官町駐車場が利用できる。

地下壕のすぐ近くにも駐車場があったが、ここは民営?で料金がかかる様子。

松代象山地下壕は、太平洋戦争末期に、政府中枢機能移転を目的に松代町などの山中に掘られた地下坑道の一つで、その一部が一般公開されている。

地下壕は1944(昭和19)年11月から1945(昭和20)年8月まで、計画の8割まで掘り続け、15日の終戦を迎えたそう。

1990(平成2)年、地下壕の一部、約500メートルが一般公開されている。

入場料は無料で、入口手前でヘルメットを被って入る。

構内は崩落を防ぐよう、対策が施されている。

それでも、

hamaちゃん
hamaちゃん

今大きな地震が来たら…

と思うとゾッとする。

赤線が公開部分で、

最後まで行くと折り返しになり、来た道を入口に向かって戻る。

地下壕の付近には大勢の遠足か修学旅行の小中学生がいたが、たまたまタイミングが良かったみたいで、出口付近まではほぼ貸切状態だった。

近くには佐久間象山の記念館もあり、学習のコースになっているらしい。

山寺常山邸

地下壕から駐車場に行くまでの道すがらにある、山寺常山邸で一休み。

山寺常山は、明治時代の教育者で、江戸時代に松代藩士の子として産まれ、1871(明治4)年に設置された長野県学校の教授に就任している

松代城跡もそうだったが、こちらも非常にきれいに整備されており、

満開のあじさいが見事だった。

姨捨の棚田と姨捨駅

松代象山地下壕近くの駐車場から、姨捨の棚田に向かう。

棚田までは約15km、車で30分ほどの道のりだ。

姨捨の棚田は1999(平成11)年に棚田として初めて国の名称に選ばれた場所で、

hamaちゃん
hamaちゃん

大小2000枚の棚田が連なる姿は圧巻!

ということで行くことにした。

とりあえず、ナビに姨捨駅と入力して向かう。

途中、「棚田駐車場」の看板があったので、車を止めて田んぼのある方へ。

だけど、ちっとも棚田感を感じられない。

諦めて、姨捨駅に向かうことにした。

ホームから棚田方面を見たけども、ちょっと遠すぎて棚田感が感じられなかったが、景色は抜群だった。

姨捨駅は全国でも珍しいスイッチバックの駅。

上の写真のように、一旦ホームに入って、バックして上に登って、

更にバックして進む。

ちなみに姨捨の棚田を見るには、姨捨駅の目の前の道を左(南東側)に進み、500メートル程行った先の踏切を渡ったところにある、姨捨棚田駐車場に停めると、徒歩5分ほどで展望台に着くらしい。

いつかリベンジしたい。

上山田ホテル

今回の宿は、戸倉上山田温泉にある上山田ホテル。

戸倉上山田温泉は、明治時代から続く温泉街で、善光寺参りの精進落としとして賑わいをみせ、最盛期となる昭和後期には年間130万人の観光客が押し寄せるほどだったらしい。

宿泊した上山田ホテルも古くからある旅館のようで、建物や設備はかなり年季が入ってたが、流石に泉質は良く、肌がすべすべになった。

ただ、「露天風呂付き客室:和室8畳」にしたけど、露天風呂が狭く一人で入るのがやっと、またシャワーが弱くとても使えたものではなかった。

hamaちゃん
hamaちゃん

宿泊客が少なく、貸切風呂が自由に使えたのと、大浴場も貸切状態だったのが救いだ。

またしばらく、この辺に泊まりに来ることはないと思うが、今度泊まるなら、2019年にリニューアルしたルートイン上山田温泉のほうが良い気がする。

ちなみに上山田ホテルは本館と別館とあり、本館はフロントと食事処と宴会場、別館は客室と大浴場(6階)、露天風呂(1階)に別れている。

食事処は2階で、半個室になっているので落ち着いて食べることができた。

食事は量もちょうど良く、味もまあまあだったが、冷酒を頼んだつもりが常温で出てきたのが残念だった。

長くなったので後編に続く。

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